そのとき、雲が会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。出エジプト40・34
「幕屋」とは、イスラエルの礼拝所でした。といっても、現代の教会にある礼拝堂のようなものではありません。それは組み立てたりバラしたりして持ち運べるものでした。
エジプトから脱出したイスラエルの民は遊牧民でした。別の場所に移動する時には、幕屋をいったん分解し、持ち運んで新しい場所で組み立てなければならなかったのです。
ヨーロッパの大聖堂と比べると貧相に見えるかもしれません。けれども、幕屋はいつもイスラエルの民の宿営地の中心に置かれました。そしてそこに神様が降りてきて祭司に語りかけるという場でした。どこかに行かないと神様を礼拝できないのではなく、いつも神様が民族の中心にいてくださるというのが、幕屋のコンセプトです。
現代の教会では幕屋ではなく礼拝堂で礼拝しています。でも神様が生活の中心にいるという思いは今も引き継がれています。