わたしの心だ。きよくなれ。マタイ8・3
聖書の中には、イエス・キリストが病気を治す場面があります。おそらく二つの反応があると思います。一つは、これは作り話で、病気を治す奇跡など起こらないだろうというもの。もう一つは、イエス・キリストが病気を治してくれるのなら、ぜひ治してもらいたいというものです。
わたくしたちは、神様は病気を治すことができる方だと信じています。聖書の物語は、イエス・キリストを通して神様の力が働いて実際に病気が治ったできごとなのだと受け止めます。もっと言えば、神様に病気をいやしてくださいとお祈りすることも頻繁にあります。
では、キリスト教は病気治癒のご利益がある宗教なのでしょうか。キリスト教徒になれば、病院に行かなくても病気が治り、感染症にもかからないのでしょうか。そんなことはありません。神様が病気を治す力があることと、神様が病気を治す気があることとは別のことです。人間の目から見れば自分の病気が治ることが最善に思えるかもしれませんが、神様の目から違うかもしれません。
神様はわたくしたちに最善を与えてくださるというのが、わたくしたちの信じるところです。もし神様の心なら、イエス・キリストがそうしてくださるなら、病気も治してくださる。たとえそうでなくても、イエス・キリストへの信頼は揺らぐことがありません。

