アブラハムも同じように

不敬虔な者を義と認める方を信じる人には、その信仰が義と認められます。マタイ26・39

不敬虔な人と聞くとみなさんはどのような人を思い浮かべますか。神も仏も信じず、神社やお寺、教会などで不遜な振る舞いをする人でしょうか。ところが、上の聖書に出てくる不敬虔な者とは「アブラハム」という人物を指しています。アブラハムは信仰の父と呼ばれ、イスラエル民族の先祖になった立派な人です。どうしてアブラハムが不敬虔な者なのでしょうか。
まず、アブラハムはカルデアのウルという町の出身で、神様を知らず月の神を拝む家庭で育ちました。そして高齢になっても子どもがいなかったため「カナンの地に導き入れ子孫を増やす」という神様の約束を疑いました。神様はこのアブラハムに満天の星を見せ、もう一度「あなたの子孫をこの空の星のようにする」と約束をくださいました。アブラハムがこの神様を信頼したとき、神様は不敬虔だったアブラハムを正しい者と認めたのです。
教会は不敬虔な人が来るところです。不敬虔な人が神様を信頼した時、その人は神様に正しい者とみなされ、永遠のいのちを受け取るのです。

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