聖書が成就するために

すべてのことが起こったのは、預言者たちの書が成就するためです。マタイ25・56

聖書には多くの「預言」が記されています。「預言」は未来のことを言い当てる「予言」とは違い、預言者が神様から預かって語ることばのことです。当たるか当たらないか分からない予言とは違い、神様のことばは必ずその通りになります。
イエス・キリストについての預言は、旧約聖書の中に数多く見られます。イエス・キリストが苦しんで十字架にかかること。そのことによって人間の罪が赦されること。イエス・キリストの服が分けられること。弟子たちが裏切ること。イエス・キリストはそれらすべてが起こることを知っていましたが、避けることはしませんでした。むしろ神様のことばが成就(実現)するように、十字架にかかることを自ら選びました。
イエス・キリストはなぜ、苦しみを負ってまで預言(神様のことば)を成し遂げたのでしょうか。神様はなぜ、ひとり子であるイエス・キリストを十字架にかけたのでしょうか。それは、わたくしたちを死と孤独から解放するためです。わたくしたちを愛して、救うために大きな犠牲を払ってくださったのです。わたくしたちは、この神の愛、キリストの愛を信じています。この愛以上に大きな奇跡はキリスト教の中にはありません。

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