その日は安息日であった

起きて床を取り上げ、歩きなさい。 ヨハネ5・8

キリスト教は窮屈だと誤解されることがあります。聖書にはさまざまな戒律があり、禁止事項があるのだと思われているのかもしれません。またキリスト教会も、聖書の教えをルールや規則のようにあてはめている面もあるように思います。けれども、イエス・キリストは聖書をルールや規則のように受け止めている人たちに対して、そうではないと繰り返し教えています。
聖書の中に安息日を特別な日とするようにという教えがあります。ユダヤ人の一派は、安息日にしてよいこととしてはいけないことを自分たちでリストアップし、その規則を守るように人々に強要しました。彼らは「病気の人を治すということは労働にあたる。だから安息日には病気を治してはいけない」と教え、イエス・キリストが38年も病気だった人を治したことを非難しました。
しかしイエス・キリストは彼らが勝手に決めた「規則」ではなく、聖書の教えを定めた神様の「思い・意図」に従いました。聖書のことばは、人間が幸せに生きるための神様の教えです。キリスト教を窮屈にしているのは、人間の側の思い込みなのです。

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